西熊野街道再生プロジェクトの企画です。
8名の参加でした。
いつもの道普請を一時休止し、
今日は、十津川村小森周辺の
西熊野街道崩壊地めぐりです(part9)。
コースは、
小森の集落から明治12年に
造られたとされる西熊野街道を登って
(通称:明治道)
小原峯山腹の崩落地(①)を探索したのち、
帰路は、明治以前に利用されていたと
思われる西熊野街道の崩壊地(②)を確認、
小森へと戻ってきました。
午後からは雨予報ということで、
足早に…、と言っても、
気になるところに出会うと…、
なかなか前には進みません。
いやいや、皆さん、
いつもにも増して興味津々…。
①は、ホリヌキ・那知合分岐を経て
樫原方面へ通じる
西熊野街道の小原辻手前の崩壊地です。
急斜面の山肌がごっそりと抜け落ちており、
現時点では、手の施しが無さそうに見えます(?)…。
上部に、かつて先人の方がつけられたと
思われるロープが垂れ下がっており、
この付近を整備すれば…、
少しばかり希望が持てそうにも…。
と言う意見も(?)…
②(*)は、ヒクタワから小森に通じる、
かつての西熊熊野街道と思われる
ルートの崩壊地です、
こちらは、②(*)以上に厳しそうです。
ということで、①と②をあとに、
小森の駐車地に戻ってきました。
さて、
さて、
小森の集落に着いたと同時に、
ポツリ…ポツリ…、
雨が降ってきました。
いゃー、間一髪です。
天気も、
私たちに見方にしてくれたようです。
次回は、中原谷の徒渉点の
左岸付近の道普請をになる予定です。
皆さん、お疲れ様でした。
-追伸-
1.②の、かつての西熊野街道と思われるルートについては、「国土地理院」の最近の地形図には破線道らしき記載もないため、廃道に近いかと思われます。
2.「国土地理院」の最近の地図には、ヒクタワから小森へのルートが破線で引かれています。行仙岳に登るのに、このルートを使っている方が多いようです。私の書いた地図にこちらを使用しています。しかし、今回帰路として使用したヒクタワから小森へのルートの方が歩きよい道かと思われます。
3.昨年の秋のWEB記録で、行仙岳から小原峯の二山を縦走していた、かなりの強者が
いたようです。私たちが無理だろう思っていた①の崩壊地を通り抜けていました。
【コースタイム】
小森集落スタート(9:40)~(11:10)ホリヌキ~(11:30)沖の口集落跡[昼](12:00)~(12:30)①の崩壊地~(13:05)ホリヌキ~(13:18)ヒクタワ~(13:30)②の崩壊地~(13:35)ヒクタワ~(13:45)行仙岳登り口~(14:45)小森集落
【位置図】
【GPS軌跡】
【今日、歩いたコース説明図】
【小森から小原峯を望む】
【小森近くの地蔵】
【立派な石積みの街道】
【水取場】
【行仙岳への道標】
二股で、上部の道が行線仙岳への登山道と思われる。
今回、この道は利用せず。
【立派な明治道】
【行仙岳登山道】
二股で行きは、左の山腹道を通り、帰りは、ヒクタワから、この分岐に出た
【立派な明治道】
【明治道・ホリヌキ】
【①崩壊地 小原峯の山腹】
【ヒクタワの地蔵】
【②崩壊地 江戸期の西熊野街道?】
【旧警察署跡】