金昆羅山から健礼門院徳子が終生過ごした寂光院へ

全国旅行支援を利用して、

自由参加の会で、

京都の金昆羅山に登ってきました。


残念ながら日曜日と言うことで、

1,000円分のクーポン…。


とはいえ、

ありがたいプランです。

さて、紅葉には少し早い京都だったので…、

バスはスイスイ…。

江文神社で、

ハイキングの安全を祈願し、

いざ金昆羅山へ。

登り始めは、

少し肌寒く感じましたが…、

歩きはじめると、

少し汗ばむ程度、

歩く上では

文句なしの最高の季節といった

ところでしょう。

江文峠から金昆羅神社、

翠黛山分岐を経て

金昆羅山三角点にて昼食。

帰路、翠黛山経由で寂光院にも

立ち寄るという計画です。


登山口の江文神社の標高は

200mちょっと、

そして金昆羅山は573m。

標準コースタイムで歩けば、

余裕で歩けるだろうと…、

計画したのですが…。

あに図らんや、

低山という文字に、

惑わされてしまったようです。

地図には現れにくい、

岩混じりの小さな

アップダウンだったり、

ルートがはっきりしながらも、

時折踏み跡が消えかかっていたりと…。

想定以上に時間がかかってしまうことに…。

「低山侮るなかれ…」

ということは、以前から口にしながら…。

大きなミスをしてしまいました。

とはいえ、参加者22名、

全員無事に歩き通しました。

GPS軌跡】

江文神社

【金昆羅神社】

【金昆羅山への登り】

【眼下に大原の里を望む】

【金昆羅山への登り】

さて京都大原と言えば、

まず頭に思い浮かぶのが、

永六輔さん作詞の

「女ひとり」ですが、

もうひとつの観光地といえば、

今回、立ち寄った、

ここ寂光院ということでしょう。


ここ寂光院聖徳太子の創建で、

天台宗の尼寺で、

平清盛の娘である

健礼門院徳子が過ごした寺

としても知られています。

健礼門院は、

壇ノ浦合戦で平家が滅ぼされた際に

安徳天皇たちと海に身を投げながらも、

ただ一人生き残った

悲劇のヒロインとされる女性です。


健礼門院は、ここ寂光院で出家し、

平家一門とわが子、

安徳天皇の菩提を弔い、

終生をこの尼寺で過ごしたとされています。

 

帰りのバスは、さすがは京都です。

渋滞に…渋滞…。

しかし、岸和田IC近くでは、

暗くなった夜空に、

バスの窓越しとはいえ花火が!!…、

私たちを迎えてくれました。

本日もお疲れ様でした……と!!。

寂光院

【コースタイム】
江文神社(10:40)~(11:00)江文峠~(11:30)金昆羅神社~(11:55)翠黛山分岐~(12:10)金昆羅山(13:00)~(13:20)翠黛山分岐~(14:00)翠黛山~(15:00)寂光院(15:30)~(16:00)観光バス駐車場