甑山(こしき山)から倶盧尊仏へ

紀宝町相野谷川の西側に聳える

甑(こしき)山に登り、

その後、大津荷林道を経て倶盧尊仏へ。

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"こしき山"について、

紀州10マウンテンの会『東紀州の山々』に、

以下のように記されています。

「八町坂の入口から、

凡そ1キロメートル弱、

標高差にして200メートル余の登り坂。

これがすてきな道だった。--(略)--

丁寧に石が敷かれていて、

明らかに往時は生活道として

使われていたに違いない。--(略)--

東側に少し下った岩場で弁当にした。

岩場からの眺望は、

思わず息を呑むほどの見事さだった」…と。


「これは、登るしかないだろう!!… 」

ということで!!、いざ! "こしき山"へ。


山頂からの眺望と八町坂の古道、

ともに期待を裏切ることはありませんでした。

[GPS軌跡]

f:id:hikojima:20190118160124j:plain[和田地の集落]

f:id:hikojima:20190118160301j:plain[八丁坂の登り]

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[八丁坂地蔵]

「八丁坂 水本 左側に嘉平之立」と彫られています。

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[甑山からの眺望]

関電鉄塔から東へ、少し下ったところからの眺望

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山頂でのひとときをそこそこに、

次の目的地、倶盧尊仏へ。

林道入口に路駐、大津荷林道へ。

林道はさほど荒れていないため、

車で走行しても良かったのに…(後悔?)。

まぁ-、がんばって歩きます。

林道終点から登山道に入り、

倶盧尊仏、そして倶盧尊仏の滝へ。


谷の左手に岩盤、

右手に30メートル以上と思える

大岩がそそり立ち、

下部には石灯籠と小さな金属製の鳥居も…。

周囲のそこはかとない雰囲気と

荘厳さに圧倒されました。


ちなみに、倶盧尊仏について

紀伊風土記の津荷谷村の項に、

「東の谷にあり高さ十餘丈の巌をいふなり。

疱瘡神と崇む、

又鉾島ともいふ邑民奉祭する者より

疱瘡護符を出す」と記されています。

かつて疱瘡(天然痘)は、

非常に強い感染力と高い死亡率のために

恐れられていました。

そのため疱瘡神を崇めることで、

疱瘡をまぬがれると

信じられていたのでしょう。

[GPS軌跡]

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[倶盧尊仏へのルート]

あくまでも概念図です。

自己責任で歩いてください。

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[倶盧尊仏]

谷の右手が岩盤、左手(中央)が倶盧尊仏。

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[倶盧尊仏の滝]

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【と、その前に、古座浦の日の出です】

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【コースタイム】
和田地集落-八町坂地蔵-甑山-和田地集落==[車移動]==13:30大津荷谷林道入口-14:10林道終点-14:30倶盧尊仏14:50-15:00林道終点-15:40大津荷谷林道入口

 

古座街道・法師峠越え

すさみ町大附から佐本追川(石塔)までの

古座街道を歩いてきました。

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法師峠の石仏と夫婦杉

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車を利用しての古道歩きに際し、

一番の悩みどころ、

どの辺りまで行って折り返すのかですが…、

行きと帰りの二度、

古道歩きが楽しめるという

ボジティブな見方も…。


今回は、帰りのことを考えて

大附の出会橋近くに路駐。

そして、どの辺りまで行って折り返すか…ですが。


出会橋から少し入ったところで、

古座街道の標識を見つけ、

まずは法師峠に向けてスタート。

谷を徒渉する辺りで、

やや荒れ模様の道となりましたが、

テープも豊富に付けられ、難なくクリア。

いっきに登って、夫婦杉の立つ法師峠へ。

ここからは、

比較的、なだらかな山腹道を下って、

長い林道歩き…が続きます。

石仏地蔵、大泉寺、福田家屋敷、

役ノ行者像前で、折り返し、

再び法師峠を越えてスタート点に戻って来ました。

この間、昼食時間を入れて、約4時間あまり。

やや忙しい古道歩きとなってしまいました。

[金比羅宮]

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[法師峠の地蔵尊]

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[石仏地蔵]

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[石仏(役ノ行者像の祠)]

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[福田家屋敷]

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[大泉寺]

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[切り通し]

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帰りに撮影(左上が金比羅宮)

 

帰路、もうひとつの目的地

「まだら岩」にも立ち寄りました。

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【コースタイム】
大附出会橋10:55-11:05金比羅宮11:10-11:40法師峠11:45-12:20石仏地蔵-12:50石塔(役ノ行者像)-12:55福田家屋敷-13;05大泉寺-13:10[昼食]13:25-14:25法師峠14:30-15:05大附出会橋

明神平から前山周回。樹氷が!!

雪山シーズン到来!!、

今年は"明神平"からのスタートです。

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気温6度、風もなく暖かい朝を迎え、

明神平登山口に向けて車を走らせます。

"白いもの"を期待しながら…

東吉野の狭戸から大豆生へ。

残念ながら、駐車場まで、

白いものは発見できませんでした。

私にとっては、

ここは2009年以来、10年ぶりになります。

平日にも関わらず、先客の車が3台。

人気の山であるのは変わっていないようです。

林道終点から登山道へ。

しばらくして白いものが混じるようになり、

少しばかり期待しても…。

やがて氷瀑の明神滝が迎えてくれました。

高度を上げていくとともに、樹氷も…。

当然ながらモチベーションも急上昇。

明神平に到着とともに、

天候がいっきに回復?、青空も…、

と思いきや、

先ほど顔を出しかけた太陽が再び雲の中に…。

一瞬の出来事です。

こんなことって、

まぁー、山では良くあることですが…。

こののち、太陽には恵まれることはなく、

どんよりとした雪雲の世界。

明神平で一休憩ののち、

丸山から三ツ塚を周回、帰路に着きました。

 

真っ白な樹氷と青空を期待しましたが、

贅沢はいえません。

一瞬ではあったものの青空にも出会え、

10年ぶりの明神平で、

穏やかな白銀の世界を堪能しました。

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[GPS軌跡]

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[登山口近く、うっすらと白いものが…]

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[明神滝の氷瀑]

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[氷瀑の明神滝を巻いて…]

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[明神平近く…薊岳を望む]

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[明神平 一瞬、青空が…]

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[明神平をあとに前山へ]

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[右手の山が前山]

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f:id:hikojima:20190112102032j:plain[桧塚方面を望む]

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[国見山・水無山方面を望む]

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【コースタイム】
登山口駐車場8:30-8:45林道終点-9:40明神滝9:55-11:00明神平11:10-11:25前山12:00-12:10三ツ塚-12:25明神平-13:05明神滝-13:45林道終点-14:00登山口駐車場

淡輪城跡から旗立山・俎石山へ

2019年の始まりの山歩きは、"淡輪から旗立山"を

目指します。

…と、その前に、淡輪駅近くにある淡輪城(邸)跡に

立ち寄ります。

城跡は「城の藪」と呼ばれたところで、

土塁の一部が残っているようですが、

私有地なので…入ることができません。

気を取り直し、旗立山へと向かいます。

[GPS軌跡]

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[3D-GPS軌跡]

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別所池横の鉄塔巡視路を経て、配水タンク横から

支尾根に取り付きます。

比較的、良く整備された山道を登っていきます。

立山山頂からは大阪湾・淡路島・関西空港

きれいに見えています。

立山を後に俎石山から大福山・奥辺峠手前の

支尾根から番川経由で、淡輪へと周回。

昨年の台風と思われる倒木が目立ったものの、

大きな木は、チェンソーなどで切り払われ、

歩きやすくなっていました。


さて、ちなみにですが、

少し淡輪について…。

 

太閤秀吉が天下を統一した頃、ここ淡輪を

治めていたのは、

地侍の淡輪家の大和守隆重(徹斎)で、

一人娘の「こよ」は、関白秀次の側室として

寵愛を一身に集め、

「御小督の局(おここのつぼね)」と

呼ばれていました。

しかし太閤秀吉に秀頼が生まれ、関白秀次は、

自分の地位に不安を感じるようになり、

自暴自棄の末に、秀吉から切腹の命が下され、

三条河原にて三人の子と三十余人の愛妾も

斬首されてしまいます。

この時、御小督局も、この悲運からは免れる

ことが出来ませんでした。

これを機に、淡輪家の所領は没収され、

ここ"城の藪"の邸宅も取り壊されてしまいます。

しかしながら悲運は、

ここで終わった訳ではありません。

秀次と御小督の局との間に生まれた女の子は、

密かに助け出され、お菊と呼ばれ、

育てられていました。

20歳となったお菊が、紀伊国の代官に嫁入り

してまもなく、大坂夏の陣が没発、大坂方と

なった夫のため、密使を引き受け、

樫井川の合戦では、夫が討ち死に、

その後、捕らえられたお菊は、紀ノ川の河原で

処刑されてしまいます。

こうした悲運とともに、

江戸時代を迎えることとなります。

[淡輪城跡]

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[宇度墓古墳]

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[高架下の別所池畔から鉄塔点検道へ]

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[正面の山が泉南飯盛山]

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[配水タンク横から支尾根に入ると展望が開けてきます]

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[左端の山が泉南飯盛山]

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[ロープも設置されています]

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[旗立山山頂から関西空港を望む]

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[俎石山展望地から関西空港を望む]

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[大福山山頂から大阪湾を望む]

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[鉄塔の建つ左手の山が大福山]

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[建武地蔵]

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【コースタイム】

淡輪P9:00-9:20淡輪城跡9:25-9:35宇度墓古墳-9:45別所池-10:00配水タンク横-10:40分岐-11:20旗立山11:25-11:50俎石山展望地12:10-12:30大福山12:50-13:20分岐-14:35建武地蔵-15:05淡輪P

 

2019年、明けまして、おめでとうございます

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あけましておめでとうございます。
今年は、ブログ投稿をはじめて、

3年目に突入します。


昨年の春には、『和歌山県の山』の発行、

新版・山と高原地図高野山熊野古道』の

発刊が続き、

秋にはNHK和歌山の取材等々、

実り多い1年となりました。


そして、現在、

昨年発行した『高野山熊野古道』の校正・加筆の

2019年版発刊の準備を進めています。

まだまだ、今年も精力的に、

あちこち歩き回りたいと思います。

並行してブログで情報発信していくつもりです。

今年も引き続き、よろしくお願いします。

 

うっすらと雪の内野嶺から清水ヶ峰を周回

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うっすらと雪が混じり…


また、又、また十津川村の山です。

谷瀬から内野嶺に登り、清水ヶ峰を

周回してきました。


清水ヶ峰は、奈良教育大学の演習林があり、

かつて多勢の登山者で賑わっていた山です。


しかし平成23年の台風で、登山道が崩壊、

その後、登山者が激減、

今なお復旧していないという情報もあり、

今回、南側からのルートで計画しました。


計画にあたって「ショウタンの散歩録」のHPを

参考にさせていただきました。

宇宮原から内野嶺の東尾根を直上したのち、

銅山縦走、清水ヶ峰を周回するコースです。

 

ちなみに、内野嶺は、かつての十津川郷の

谷瀬・宇宮原・長殿三村の境界の高峰で、

現在、山頂には、

3等三角点の標石が設置されています。

『十津川郷村誌』の谷瀬村の地勢の項には

「北ハ内野嶺を負ヒ、南ハ十津川ヲ帯ヒ運輸不便、

薪乏カラズ」と記述されています。


実際内野嶺に登ってみると、

山頂周辺はきれいな自然林で、

落ち葉にうっすら白いものが混じった

冬枯れ風景が、最高の贈り物となりました。

縦走路の自然林のすき間から望む清水ヶ峰が、

私たちを手招きしているようにも…。

谷瀬分岐から歩きやすい自然林の間を

緩やかに登って、清水ヶ峰山頂に

向けてアタック。

見覚えのある山頂に立つと樹林のすき間から僅かに

大峰山脈が開けています。

かつて山頂標識が乱立していた山頂周辺に、

現在、腐りつつある山頂表示板が一枚のみ…。

心なしか寂しそうでした。

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[3D-GPS軌跡]

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[GPS軌跡]

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[宇宮原へ]

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[内野嶺への登り]

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[内野嶺山頂近く]
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[内野嶺山頂]

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[銅山山頂]

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[縦走路のすき間から清水ヶ峰方面を望む]

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[清水ヶ峰]

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[林道に出て、谷瀬の吊り橋Pへ]

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【コースタイム】
谷瀬の大橋P8:05-8:12黒木御所跡-8:30宇宮原-9:00尾根-11:00内野嶺11:05-11:35銅岳11:35-11:40[昼食]12:10-12:15谷瀬分岐-12:50山天の高分岐-13:15清水ヶ峰13:20-13:30山天の高分岐-14:00谷瀬分岐-15:00林道-15:45谷瀬の大橋P

 

下筒香の西の谷から七霞山へ

七霞山と言えば、富貴ブランドの

マッタケの産地として有名ですが…、

入山規制が外れるこの時期を狙って…

西の谷から七霞山に登ってきました。

【3D-GPS軌跡】

※今回、西の谷ルートを登る予定であったが、

間違って、西隣の支尾根を登ってしまいました。

正規のルートは西の谷を渡りません。

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そして地形図(国土地理院)の

以前から気になっていた下筒香峠の破線ルート

をN氏と二人で歩いて見ることに…。

遠くに、真っ白く雪の被った

大峰山脈の大日岳・稲村ヶ岳に…、

いよいよ雪山の到来!!  胸が高鳴ります。


まずは下筒香の西の谷から七霞山へ。

高野三山を望む林道脇で昼食をとったのち、

帰路は、稜線道を東進し、別当ヶタワから

筒香峠を経て目的の破線ルートへ…。

しかし旧道らしき破線ルートを見つけたものの、

倒木が著しく、…直進を断念!。

あっけない結末となってしまいましたが、

今日ものんびりとした

陽だまりハイキングを楽しみました。

 

ちなみに、今回登った"西の谷"は、

かつて糸谷と呼ばれていた谷で、

紀伊風土記』の下筒香村の項に、

「谷に従ひて北に向ひて登るは即七霞の登りなり 

隅田荘彦谷より筒香へ牛馬の通ふは此の道なり」

と記されています。

この文言から西の谷は筒香村と橋本方面を結ぶ

「牛馬の通ふ」重要な古道であったことが

伺えます。

 

また、帰路として利用した別当ヶタワは、

紀伊風土記』に、龍王岳の西に位置し、

西富貴村と筒香村を結ぶ峠として

紹介されています。

今回、歩いた西の谷、そして別当ヶタワは、

周辺集落を結ぶ重要な道を

担っていたことになります。

龍王岳は親しみを込めて"嶽"とも呼ばれる山で、

山頂には雨乞いの祠が祀られています。

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GPS軌跡】

※今回、主稜線を経て別当ヶタワから下筒香峠に下ったが、ハイキングコースとして使用する場合は、林道分岐から鉄塔点検道を経て下筒香峠に向かう方が歩きよいだろう。

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【下筒香

正面奥の民家を目指します

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【ここから七霞山へ】

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【七霞山山頂】

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【途中から金剛山を望む】

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【雪化粧した稲村ヶ岳を望む】

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【鉄塔脇から七霞山を望む】

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【下筒香峠から大峰の前衛峰を望む】

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【下筒香峠の道】

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【中・下筒香、丹生神社】

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【コースタイム】
筒香P9:40-9:50下筒香集会所前バス停-10:00最奥の民家-10:15西の谷分岐-11:10本道出合-11:15捻草越え分岐-11:30七霞山-11:45展望所(昼食)12:30-12:40お杉茶屋跡-13:25別当ヶタワ-13:35下筒香峠-14:22丹生神社-14:30下筒香P