舟戸の浜から槙尾道を散策

梅雨の合間を縫って、

九度山(舟戸)から梨木峠の槙尾道

歩いてきました。

[槙尾道を推測]

赤線が椎出から舟戸に向かうルート。

青線は河根峠から梨木峠間の間道コース。

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[GPS軌跡]

今日、歩いたルート

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江戸時代の絵地図に、

紀ノ川の船着き場から慈尊院を経て

高野山に通じる町石道とは別に、

九度山町舟戸あたりから

槙尾明神社を経て椎出に通じる(?)道

が描かれています。

椎出から長坂を経て京大坂道に通じる

尾道(新高野街道)は、良く知られています。


九度山町史』には、

江戸時代の紀ノ川の水運の発展に伴って、

舟戸の浜からの道の利用度が増していった」

ことが記されており、

また中居房次郎の『入郷・慈尊院のしおり』

には、「享保十年(1725年)、新街道として、

東山から梨木峠を経て、椎出に下る道が開けた」

とも記されています。


そして、ここで私が気になったのが、

「遍照寺」の境内に建つ「左、槙尾道」と

河根峠の「左まきのお」の道標石、

この二つの道標石を結びつける「槙尾道」の

存在です。

九度山から椎出までのルートを推測しながら、

ブラ~リ~と、九度山の町を歩いてきました。


現在、「真田のみち」の愛称で親しまれている

九度山の商店街を東に抜け、

九度山中学校前から梨木峠へ。

ここまでは車道歩きです。

地図の破線道の柿畑の間をいっきに下って、

丹生川にかかる赤瀬橋へ。

一部踏み跡の薄い箇所があるものの、

古道らしき雰囲気が…漂っています。

次に、丹生川に沿って車道を進み、

河根の集落で京大坂道を左にとって河根峠へ。

峠の傍らに「左まきのお」の道標石が

立てられています。

道標石の指し示す方向、左の路地に入り、

2度ほど車道を横切って梨木峠へ。

河根峠から梨木峠まで最短距離で古道が

通じています。

今回歩いた道は現在の車社会において、

用済みに近い道であるものの移りゆく古道の

息吹をわずかながら感じた一日となりました。

[GPS軌跡]

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[真田庵]f:id:hikojima:20180625115815j:plain

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[松山常二郎宅の角に立つ道標石]

「右ふなと 左こうや」の道標

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[松山常次郎記念館]

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[対面岩]f:id:hikojima:20180625115735j:plain

[真田古墳(真田の抜け穴)]

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[遍照寺境内に建つ「左槙尾道」の道標石]

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[槙尾明神社]

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[梨木峠に向かう道(振り返って撮影)]

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[赤瀬橋に下る古道]

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[千石橋]

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[日輪寺と丹生神社]

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[河根峠]f:id:hikojima:20180625115906j:plain

[河根峠に建つ道標石]

「右大坂道 左まきのお」 

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【コースタイム】
九度山駐車場9:55-10:05舟戸の浜付近-10:20対面岩-10:30遍照寺-10:40槇尾山明神社10:45-11:00梨木峠11:05-11:35赤瀬橋-12:05千石橋12:15-12:38河根峠-12:55梨木峠-13:25九度山駐車場